2008年3月10日月曜日

<1日目の13>ベネッセハウス305号室 5:30PM

そんなわけでまずは港からシャトルバスでベネッセハウスに直行し、チェックイン。

ベネッセハウスには、「ミュージアム棟」(美術館の建物そのもの)、「パーク棟」(少し離れた屋外展示に面した建物)、「ビーチ棟」(浜が目の前)、「オーバル棟」(ミュージアム棟の別館。詳細は後述)の4つの建物があり、それぞれに宿泊室がある。

私たちは、ミュージアム棟の一番お手ごろ価格の部屋である305号室に宿泊した。一番お手ごろ、とはいっても決して居心地は悪くなく、ご覧のとおり部屋は広々していて清潔感があるし、窓の外の眺めが素晴らしい。リゾート気分満載である。

各部屋にはその部屋に入らないと見られないアート作品が展示してある。それから特筆すべきは、部屋にテレビが常設されていないこと。たぶん意図的なものだと思う。(フロントに頼めば貸してくれるらしいが。)

おかげで、部屋の中も外もすごく静かで、夜は雨音を聞きながら眠り、朝は風が窓をたたく音で目覚めることとなった・・・まさに「自然の中でくつろいでいる」感覚である。日常生活ではなかなか自然の音に気を留めることがないので、新鮮な体験だった。

あと、細かい話で恐縮だが、セルフサービスのお茶・紅茶があるのはわりと普通だけど、ドリップタイプのコーヒーもついてるのはちょっとステキだと思った。

お風呂はユニットバスだけれどそれなりにゆったりつくられているし、過不足ない。なかなか気持ちよい滞在のできる宿である。

<1日目の12>直島:宮浦港 5:00PM

ついに直島に到着。日はすでにだいぶ傾いていた。
フェリーを降りると早速、近代的な「海の駅なおしま」と鮮やかな草間彌生の「赤かぼちゃ」がお出迎え。(この写真には写ってないけどもう少し左にある)

その後ろには、懐かしい感じの漁師町が静かに控えている。

そんなコントラストの強い風景が自然に共存している不思議。

ただ、あんまり風景を味わっているヒマはなかった。

フェリーの時間に合わせて、今夜の宿「ベネッセハウス」の島内循環バスが待っていたからである。
母に急かされて慌ててバスに乗る。(実際は、出発時間がわりと余裕を持って設定されているようで、そんなに急がなくてもよかったのだが)

直島町のホームページによると、この島は早くから瀬戸内の交通の要衝だったようで、その島の名は保元の乱(1156年、平安末期の朝廷の権力争い)に敗れた崇徳上皇がこの島に立ち寄ったとき、島民の素直な気性を賞して名づけたものという。江戸時代には幕府の直轄地だったというし、船で瀬戸内を行くときに寄港地として使いやすかったのだろう。

港町として発展してきたこの島の転機は2つあり、一つは1917年の三菱マテリアルの製錬所設置。これによって島は漁業と海運業に加えて、工業による発展の機会を得た。そしてもう一つが1989年以降のベネッセによる一風変わったリゾート開発事業の開始だ。

教育事業の一環としての国際キャンプ場の設置から始まったベネッセの事業は、1992年に「泊まれる美術館」であるベネッセハウスのオープンへと続き、それからいくつかの企画展を経て、そのうち屋外展示、さらには町の廃屋を利用した作品展示へと広がり、次第に島全体をアートにする試みへとつながっていった。

今では世界中の優れたコンテンポラリー・アート作品がそろう、アート界では日本でももっとも注目度の高いエリアとなっている。

このような方向で発展しているリゾートは日本ではほかに例を聞いたことがないし、おそらく世界でも珍しいと思われる。逆にここが有名になりすぎたのでなかなか二番煎じは難しいのではなかろうか。直島は、それぐらい「尖った」場所なのである。

2008年3月6日木曜日

<1日目の11>宇野港 4:00PMぐらい

茶屋町駅で宇野線に乗り換え、田んぼの風景を走り抜け、終点の宇野駅に到着。

宇野駅は「ターミナル」らしく線路が尽きた向こうに駅舎があって、その改札をくぐるとすぐに港が見える構造になっていた。

宇野港は、瀬戸大橋ができる前は中国地方と四国を結ぶ最大の拠点の一つで、交通の要衝だったのだそうだ。その歴史を物語るように、港はとても立派で、フェリーの船着場がいくつも並んでいる。

ただそのわりに人がいなくて閑散としている感じが、どことなく寂しい。

先ほども書いたように今は列車や自家用車で香川の高松まで行けてしまうので、宇野港と高松を結ぶフェリーの意義は昔と比べて薄れてしまっているに違いない。ただ、私たちのように、橋の通っていない瀬戸内の島々の一つに行きたい人々にしてみれば、船は相変わらず重要な交通手段だ。

私たちの向かう「直島」に向かうフェリーは、現在この宇野港と高松港からのみ出ていて、もっとも本数が多いのはこの宇野港からの路線である。距離も短くて20分ぐらいで着いてしまう。

港のフェリー待合所で30分ほど過ごした後(ここはあまりにも何もなくてとても手持ち無沙汰だったが)、フェリーに乗り込んでいよいよ直島へ向かう。

<1日目の10>岡山駅:快速マリンライナー 3:13PM

後楽園を出たころには2:30を回っていた。

一応、岡山駅前に帰るリミットを3:00に設定していたのでバスを探したが、うろうろしている間に行ってしまったのでタクシーに乗った。後楽園の正門前にはタクシー乗り場があって、常時何台も待っているので、あまり探し回る必要はなかった。

駅に着いて、まずコインロッカーに預けておいたキャリーケースを取り出し、少しだけ駅の名店街をうろうろ。妙にじゃこ天の美味しそうな店があったので、軽食用にゲットした。

それから、快速マリンライナー41号に乗る。
この快速列車はそのまま乗っていると瀬戸大橋を越えて高松まで行くらしい。それなりに席が埋まっており、日常生活に使われている路線であることが感じられる。

四国との行き来は、このように、列車もバスも自家用車も当たり前のように海を渡ってしまう感覚が面白い。北海道も同じように本州の隣にある島だけれど、海を渡ることはもっと大ごとだという感覚がある気がする。やはり早い時代から文化が花開いた土地との違いなんだろうか。

列車が出発するころ、小腹がすいたので、買ったじゃこ天を連れ(母)と分かち合って食べた。「枝豆」と「海鮮」を半分ずついただいたのだが、どっちもしみじみ美味しい。

この店、「じゃこ天や」(http://uma-foods.com/)もある意味名店かも。

2008年3月5日水曜日

<1日目の余談>岡山みやげもの

岡山といえば桃太郎。桃太郎といえばきびだんごである。

というわけで岡山ではきびだんごを買った。岡山城の売店にはマスカット味だの桃味だの色々売られていたけど、やっぱり元祖だろうということで廣榮堂(http://www.koeido.co.jp/)の「元祖きびだんご」を購入。

残念ながら旅の途中で全部食べてしまったので写真がないが(苦笑)、白くて小さくてやわらかいお団子は、素材を生かしたやさしい味で、旅のおやつにぴったりだった。

ちなみに、買わなかったけど買えばよかったなぁ・・・と思ったのは、後楽園内に売っている餡入りのきびだんご。お茶屋の茶菓子としていただいたのだけど、きなこと餡と団子の味のバランスがよく、これまた美味しかった。お勧め。

mixiのブログで以前、北海道のきびだんご(棒状で黒っぽい)は全国的に売られていると思っていた、という話を書いたが、これでやっと本家本元の「吉備団子」を認識できたよ・・・。
※きびだんごの食べつくしにチャレンジしている方がいるので、品物の比較についてはここが便利。

岡山では、会社の同僚へのお土産に桃太郎(?)キティも購入。たしかになんとなく桃っぽい色ながら、微妙なパチものっぽさが漂う謎の一品。


そうそう一つ忘れていた。岡山の人は桃太郎に愛着があるばかりでなく、桃を県のシンボルとしても捉えている模様。たとえば河川の表示もこんな感じ。なんだかかわいい。

<1日目の9>後楽園でいっぷく 2:00PM

後楽園の池の真ん中に、趣深い茶屋が一軒浮かんでいるのだが、ここの門には藁でできた輪がちょこんと乗っていて、ひと手間かけないと門から中へは入れないようになっている。
門の脇には、「お抹茶(800円)ご利用の方のみお入り下さい」と張り紙。
そういえば、朝「空弁」を羽田で食べて以来、まだ昼食を摂ってない。別におなかはまだ空いていないけど、お茶ならちょうどいいかも。
で、茶屋を訪れてみた。
800円で、後楽園限定「あん入りきびだんご」2つとお抹茶。最初、ちょっと高いんじゃ?と思ったのだが、お茶をいただきながらお茶屋のお姉さんとお話していたら、この島茶屋の中は最近まで一般の人は入れなかったのが、今年からこのようにお茶屋を始めて、予約がなくても誰でも入れるようになったらしい。つまり入場料込みなんだな。納得。
しかも、茶器は備前焼、座っているところは昔は殿様の休み処だった場所だそうだ。つまりここで過ごす時間は世が世なら庶民には絶対体験できないものだったわけで、そう思うとありがたみが増してくる。しばし一服。

■写真解説
・右上:島茶屋と太鼓橋
・右中:あん入りきびだんご
・右下:島茶屋からの眺め



















<1日目の8>後楽園にて

さて、岡山といえば、金沢の兼六園、水戸の偕楽園と並ぶ日本三名園の一つ、後楽園がある。

他の二箇所も行ったことがない私だが、いつかは全部回ってみたいと思っていたので、この機会に寄ってみた。

正直、冬の庭園というのはどんなものか・・・と思っていたが、そこは日本庭園、四季おりおりの美しさがきちんと考えられているものである。芝は枯れていても、既に花をつけている梅の色や水のきらめき、温む風に、まもなく本格的な春が訪れる予感がなんとなく感じられた。

あと感心したのは、この庭を造った池田の殿様の美意識の高さである。日本庭園の要素としては池や木々、草花の配置はもちろん石や建造物のセンスも大切だけれど、さすがに後楽園は「絵になる」場所に事欠かない。殿が名を残すためには、優秀な為政者であると同時に教養人でなくてはならないわけで、なかなか大変な商売である。

それにしても日本の美とは独特なものである。世界のどんな国にも似ていない、それでいてやはり美しいと感じさせる、不思議な美意識がそこにある。西洋との対比でいえば、なんとなく日本の美のほうが土のにおいがするというか、自然の中に溶け込んだ美であると思う。(しかし決して手がかかっていないわけではなく、十分に繊細な細工をした上でなおかつ自然に見せるという美学がそこにある)

そのあたりは、なんとなく食べ物とか、服とか、音楽とかにも現れているような気がしないでもない。

■写真解説

上:「花菖蒲池・八橋」。伊勢物語にちなんだデザインらしい。

中:「流店(りゅうてん)」。板張りの小上がりの中央にさわやかに水が流れていてなかなか小粋。お殿様の休憩所であり、接待などにも使われたそう。

下:「沢の池」から岡山城方向を望む。(お城、あんまり見えませんが。)